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著名人の弁護における特徴的な戦略について 掲載誌:ザ・ローヤーズ 2010年6月号

執筆者:ライアン・ゴールドスティン

2010年9月、元俳優の押尾学被告に対する裁判員裁判で、東京地裁は懲役6年の求刑に対し、同2年6月の実刑判決を言い渡した。

芸能人の犯罪を初めて裁判員が審理するとあって注目を集めた裁判だった。では、陪審員制度を用いているアメリカではどのように著名人の裁判が展開されるのか、初公判の当日にニッポン放送からコメントを求められた。今回はメディアも大きく関心を寄せる著名人の弁護における特徴的な戦略について話したい。

効果的にメディアを活用

これまで我々はメル・ギブソン、レオナルド・ディカプリオなど、数々の著名人の弁護をつとめてきた。最近では、ドナルド・ブレン氏のケースがある。

米大富豪ドナルド・ブレン氏(78、Donald Bren)が、子供たちから1億ドル(約85億円)以上、1カ月あたり40万ドル(約3400万円)の養育費を求めた訴訟を起こされ、我々が父親側、被告側を弁護した。

ブレン氏は、アメリカの大手不動産会社アーヴァイン・カンパニー(Irvine Company)会長でもある。フォーブスの長者番付でもベスト100に入る大富豪。 ブレン氏はすでに900万ドル(約7億7000万円)を養育費として支払っていたという事実と、ブレン氏の総資産は20億ドル(約1兆円)と推定されることから、要求されている養育費は高いのか安いのかという議論がメディアで取りざたされていた。

養育費を求めた子供たちが欲張りなのか、それとも父親であるブレン氏がケチなのか。メディアで取り上げられる彼らの情報を持って、陪審員たちは裁判に臨んでいた。

これらの先入観を払しょくし、「この裁判は彼が良い父親であったか、悪い父親であったかを判断するために開かれているのではないのだ」と、我々は明言。裁判の論点を明確にし、勝利をおさめた。

著名人の裁判はニュース性が高いのですぐに報道される。トライアルが行われるまでには時間があるし、すぐに陪審員が決まるわけではない。つまり、トライアルが始まるまでの間、陪審員の候補たちは報道によって、その事件や訴訟内容を知り、考えていると想定される。一般的な訴訟であれば、原告、被告を知らない人が陪審員になるが、著名人の場合はこうした前提がある。

こうした一般の訴訟との違いを踏まえて、著名人を弁護する場合は訴訟を起こした、起こされた時点から、メディアを使って裁判を有利に運ぶことを考える。

まず、裁判に臨むクライアントのスタンスをある程度明確にして、報道に備えることが大事である。コメントや外見、行動など、クライアントの主張を効果的に表現することで有利になるのであれば、メディアを通してアピールすることも必要という意味だ。

報道されるコメントの類は、記者が街角などで待ち構えていて「これについてどう思いますか?」などの質問をふいに投げかけられ、とっさに出た言葉であったりすることもある。誠意を尽くして長々と返答しても、ニュースという番組の性質上、実際に使われるのは、せいぜい10秒、30秒といった程度。大切なことをきちんと話したつもりでも、中身は切り取られてしまい、いわゆるメディアが使いやすいところが使われてしまう。

だからこそ、ニュースに起用しやすいような短く、的確なコメントを残せるようにトレーニングをするのだ。

証拠だけでは心を動かすことはできない

著名人は実際に直接会ったこともないのに、報道などで間接的に触れているので「知っている」という錯覚している部分もある。実際に同じ空間に存在する本人がどういう人間なのかを知ってもらうというのは大切なことなのだ。

陪審員制度では、法律はもちろん判断基準にはなるが、人が判断するという意味では「共感」も大事である。裁判は証拠だけでは決まらない。

しかし、著名人であるクライアントが証言台に立ち、陪審員などの前で話をすることは非常に効果的である一方、危険なことでもあるのだ。

ネガティブな印象を持たれているようなら、それを覆すために陪審員に直接訴えかけて、クライアントへの共感を得られるようにする。たとえば、有名になった姿はだれでも知っているが、そこに至るまでにどんな苦労をしてきたという、いわゆる人情話を、本題には直接関係ないだろうと思っても、陪審員の前で展開する。先入観や偏見を正すためには必要なことである。これも動向を見ながら、的確に、そして瞬時に路線を修正していく。

ところが、悪い印象や犯罪などのケースでは、被告自身が反対尋問で検察側に誘導され不利になりそうな証言をする可能性もある。おそらく、著名人は日常生活では、限定的な言い方をすれば「NO」と言われることは少ないと想像する。つまり、「NO」と言われることに慣れていないクライアントが反対尋問などで感情を逆なでされ、激昂してしまっては、悪い印象を払しょくするどころか、相手の思うつぼであり、今までのいいイメージを台無しにしてしまうことにもなりかねない。こういうケースでは、被告自身に証言をさせないで、他の証人や専門家を証言台に立たせるという戦略を選択することもある。

一方良いイメージを持っている人であれば、そのイメージを生かしてさらに強調するために、陪審員の前で話すことも大切だ。陪審員一人一人としっかり目を合わせて主張することで、好印象が倍増することもある。過去の例では、Creedence Clearwater Revival のジョンが楽曲の著作権について訴訟に巻き込まれ、法廷で生演奏して陪審員の心をつかんだ。 最近では、日本のメディアでも報じられたジョージクルーニーの件。ジョージ・クルーニーがファッション・ブランドに無断で名前を使用された詐欺事件の裁判に出廷、証言。原告側としてイタリアの裁判所の証言台に立った。ファンが詰めかけ裁判所が混乱したというから、本人出廷の影響力は推して知るべしである。

特別な存在だからこそ

我々の本所のあるロサンゼルスは、カジュアルな服装でも受け入れてくれるところは多いが、事の真偽が問われる場所ではその重みに敬意を払うべきだと考えられている。たとえば、リンジー・ローハンの裁判報道を見ながら想像するに、裁判に遅刻したり、厳粛に受け止めているという印象を与えないカジュアルな服装を裁判官は快く思っていなかっただろう。著名人であるからといって、特別に許されるものではなく、有利に進めるためには「裁判を重んじている」という主張を、服装でも表現するようにクライアントに促す。こうしたアドバイスも弁護士の役割である。

さらに、著名人は高額な弁護費用を払って弁護士を雇い、「お金にものを言わせて判決を得る」というイメージを持たれがちだ。しかし、こうしたイメージは良い印象を与えないのはおわかりだろう。だからこそ、弁護士自身の外見にも注意を払っている。

判事もまた人なり

ところで、著名人の訴訟であれば、法廷の様子を中継する場合もある。想像はつくだろうが、法廷の様子を中継するかどうかも裁判の行方にかかわってくる。テレビカメラの存在は被告である著名人も意識するのは当然だと思うが、審判を下す裁判官も意識することを忘れてはいけない。「テレビに出ている」という意識でプロセスが変化することもあるし、テレビに出たい証人も出てくることがあるのだ。

最後に、著名人の裁判はその経過や戦略においてたしかに特徴的である。しかし、裁判官も、検事も、陪審員も、そして、弁護士も、すべて人間であることを忘れてはいけない。

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