執筆者:ライアン・ゴールドスティン
2007年11月、クイン・エマニュエルの東京オフィスをスタートさせた。3年前のことである。
数いる弁護士の中で、自分に白羽の矢が立った時には、日本で仕事ができることが嬉しく、オフィスを開くことが待ち遠しかった。
物理的に近くにいれば、クライアントとの関係をより密にすることができる。
弁護士として申し立てを書いたり、法廷に立つことも大事だが、日ごろから顔を合わせやすい環境をつくり、クライアントと一緒に戦略を考えたりすることや、発明者と直接話すことも非常に重要である。
そんな思いから、クイン・エマニュエルの東京オフィスは設けられた。開設から3年間、私が目の当たりにしてきた日本企業と、アメリカ市場の変化を文字数の許す限り振り返ってみたい。
開設にあたり「クイン・エマニュエルが東京に進出」と、日米の各メディアで報じられた。当時、多くのアメリカ系外国法事務弁護士事務所が東京にオフィスを進出させていたからだ。当時の記事の中には、1987年の外弁法施行以来、2004年の時点でおよそ50の外資系の弁護士事務所が日本にオフィスを開設、さらに日本企業の国際展開に伴い、続々と外国法事務弁護士事務所が東京進出とあった。
少々手前みそになるが、当時、数多く日本に進出しているアメリカ系弁護士事務所の中で我々のように「ビジネス訴訟を専門」にしている事務所はなかった。つまり、アメリカ系の弁護士事務所に依頼するのは「アメリカでビジネスを展開する際のアドバイスがメインである」というのがそれまでの日本企業の一般的な考え方だったとすれば、「訴訟を専門」とする我々が東京に進出し、日本企業の相談案件が増えているというのは、ある意味で日本企業の考え方が変化している現象の裏付けとは言えないだろうか。
一方、企業側の状況をみてみると、80年代から本格的に始まった日本企業のアメリカ進出。いったん落ち着きをみせたものの2001年の同時多発テロから復興の兆しを見せた2004年頃から再び進出の件数が増えている。一部の報道によれば、2008年の日本企業の直接投資先国のデータでは、日本企業は20.4兆円をアメリカに投資していた。
アメリカでは、訴訟はビジネスの一環であるという考え方があることはこのコラムでもお伝えしている通りだが、我々の経験を通した感覚だけでなく、これらの数字からみても、日本企業の国際展開が活発になっているというのであれば、訴訟はビジネスの一環であるという考えも広まり始めているのだろう。
東京オフィスの開設当時、我々は以前にも、アメリカで日本の著名企業の弁護を手掛けていたので、すでにその風潮は浸透しているものと高をくくって、日本企業の門を叩いた。しかし、現実は少々違った。
当時、訪問した企業に「訴訟をビジネスの一環である」と話しても、「では、ほかの同業者は訴訟をおこしたことはあるのでしょうか?」とよく聞かれることがあった。日本独特の考え方ともいうのだろうか「横並び」の意識があったのだと思う。
しかし、その三年前から比べて日本企業の意識は変化している。我々が扱っている日本企業が原告となっている訴訟以外にも、前回のコラムで報告した米国国際貿易委員会(ITC)に申し立てられ、現在ITCによって調査が行われている案件をみても、日本企業が被告になっている案件だけではなく、原告になっている案件を確認することができる。
(※USITCのHP http://www.usitc.gov/intellectual_property/inv_his.htm)
また、世界的に注目を集めているパテント・トロールに対する意識を例にとってみる。(※パテント・トロールによる世界全体の訴訟件数は2000年の3%から2008年には14%にまで拡大していた)
トロールに訴えられるのが怖い、だから対策をというよりは、トロールの手口を見ていると、我々も知的財産を生かしたほうがよいのではないかという考え方に変化しつつある。たとえ、実行に移さなくてもこういう考え方は浸透していると実感している。
「横並び」の意識でパテント・トロールに対しての意識が変化したのか、それとも「横並び」という感覚が変化したのかはわからないが、確実にパテントトロールに対する意識は変化しているし、業種によって意識のバラつきはあるものの、対策を積極的に考える製造業は確実に増えた。
そして、この一年でトロールの実態も急激な変化を見せている。「パテント・マーキング」といって、製品に印刷されている特許のシリアルナンバーから、特許切れを確認し、個人で訴えるというものだ。これまでは、一つのモデル、ラインに対し500ドルのペナルティで済んでいたものが、一つの製品に対し500ドルの罰金を科す判決が出されたのを受けて、台頭してきたケースである。特許の期限切れが争点であるのだから、元来のパテント・トロールのように、特許を購入する必要もなければ、実質的な法人を持たなくても訴えられるのだ。この件については別の機会に詳しく傾向を述べたいと思うが、製品をアメリカ市場に流通させている企業にとっても関心の高い変化だといえよう。
海外進出している日本企業は現地で合弁会社などを開く場合と駐在事務所を置く場合などの数え方でも違うが、およそ3万社とも10万社とも言われている。
なかでも、進出している日本企業の数、そして投資額が最も多いのが、アメリカ、次いで中国。こうした数字からもいかに日本企業がアメリカで仕事をしているかがわかる。
日経新聞社がまとめた「企業法務・弁護士調査」(2010年12月)でも、海外で事業展開している117社の法人の約6割がアメリカにおいて法務トラブルが発生していると答えている。ちなみに、約45%の企業が手を焼いているのは知的財産、次いで38%が製造物責任に関する訴訟のようだ。しかも、1年から3年前に比べ、法務トラブルは増えていると実感している企業は約半数に上る。
法律の側面からみても、日本の法律だけに配慮すればよいマーケットだけでビジネスを展開しているのではなく、アメリカの法律にも配慮しなければならないビジネスを展開しているのは明らかだ。アメリカの市場に製品を流通させることで、特許権の侵害問題や集団訴訟・クラスアクションなどに対し、アメリカ市場における法的な備えは必要である。こうした傾向からみても、アメリカでの訴訟に備えるという積極的な姿勢は、やはり日本企業のグローバル化に伴って増えていくという見解が妥当だと思う。
進出し始めたばかりの企業であっても、訴訟への備えはどこかで考えておかなければならないだろう。
日本の弁護士もこうした見通しに関しては、同意見であろう。しかも、訴えられるのではなく日本企業が原告として起こす訴訟が増えていくことも十分に考えられる。
日本企業は優れた特許を保有している。この特許を生かして、積極的にビジネス展開するために訴訟を起こすという考え方に大きくシフトしていくだろう。
さて、自分自身を振り返ってみると、昨年夏、日本とロスとの往復にピリオドを打った。
ロスでは法廷に立つこともできるので、経験としては充実させられるが、その分、日本を留守にすることになる。どちらの仕事もできるが、どちらにも常駐しているわけではないため、「どちらにもいない」というような感覚にもなり、お客様に申し訳ないという気持ちが大きくなった。
だからこそこの夏から日本への滞在を決めた。この事務所を開いた時からこうありたいと思っていた、その準備が3年目にしてやっと整った。