執筆者:ライアン・ゴールドスティン
ご存じのとおり、アメリカでは、訴訟はビジネス戦略の一つに数えられている。アメリカの市場に自社の製品を流通させている企業なら、貴重な時間とコストをかけて取得した特許、商標、著作権などの知的財産を収益につなげるために、訴訟を有効に活用すれば、シェアを広げることもできるのだ。
依然として円高の状況下。非常手段として6年半ぶりに日銀が為替介入をしても改善されない円高の進行は、日本企業にも深刻な影響をもたらしている。こうした中、すでに手元にある資産を有効活用して自社の権利を効果的に行使し、少しでも現状を打開したいと思う企業も少なくないだろう。
「訴訟をビジネス戦略」と考えるということは、多くの日本企業にとっては、まだ馴染みが少ないかもしれないが、韓国やアメリカなどの企業にもこうした考え方はすでに浸透し始めているし、実際に私も日本企業の訴訟を手掛けている。
こうした動向を踏まえ、アメリカの市場で物流を展開する企業にぜひ知っておいていただきたい米国国際貿易委員会(ITC)の存在について報告する。
米国国際貿易委員会(ITC)は、独立の準司法的機関で、立法府や行政府に似た活動をしたり、裁判所と同じように審判手続きもするアメリカ独特の機関である。
国際問題について幅広く研究、報告、調査などを実施しており、その役割の一例として、外国からの輸入品に対して、不公正な行為から「アメリカ国内産業を保護」するため、知的財産権を保護している。1916年に設立された米国関税委員会をもとに1974年に通商法によって名称が変更され、その権限が強化された。
シンプルに言えば、ITCは裁判所ではないが、裁判所と似たような働きをする機関である。輸入業者、もしくは製品の輸入方法に関わらず、知的財産権侵害製品の輸入差止を命じることができる。ITCから出された命令には従わなければならない。では、具体例をあげながら、裁判所との違いを説明する。
1調査、審理手続きは連邦裁判所よりペースが速い
2陪審員はいない
3第三の当事者の存在、行政法判事(ALJ Administrative Law Judge)による審議。
4市場全体に及ぶ強制力
案件の大部分は知財関連訴訟
救済措置は税関当局による排除命令(exclusion order)、もしくは停止命令(cease & desist order)の2つ。
5請求資格が必要
調査を依頼してから、調査開始決定後、一般的に15か月から18か月以内に決定を下すことが定められている。証拠開示の幅は、連邦のそれよりも広範囲にわたる。質問状や証拠開示の請求には、一般的な訴訟では30日以内に返答し、資料は追って提出するのだが、ITCの場合は10日間で対応しなければならない。
延長を申請すればさらに10日はもらえるが、それ以上の延長については判事の許可が必要なので、現実問題として申請する人はほとんどいない。アメリカの一般的な裁判で2か月あまりかかるところを、ITCでは20日で対応しなければならない。特に被告側は、性急な要求に応えるという負担を強いられる。このペースの速さは、証拠開示のみならず、デポジションにもおよぶ。一日に2,3人同時にすることも珍しくない。このペースで進めなければ、期限内に収まらないのだ。
また、連邦の裁判の訴状よりも詳細なものを用意しなければならないため、原告側は、訴状の段階で相手の製品をきちんと調べ上げてから裁判に臨むことになる。一方、被告側にとっては先行技術や侵害の立場などを考えて対応しなければならいので不利でもある。
委員会の組織からみても、一般の裁判所と違い、その存在がとてもユニークなのがわかる。陪審員はいない。委員会の定員は6名、行政法判事室から行政法判事(ALJ Administrative Law Judge)が任命される。委員、判事は特許関連のスペシャリストで、国際的な問題にも詳しい人材を選出。また、陪審員が存在しないことも大きな特徴の一つであると同時に、特許関連のスペシャリスト達に判断を委ねることになる。
さらに、不公正輸入調査室調査官(第三者の当事者)といって、原告、被告(請求人、被請求人)だけではなく、「第三の当事者」と呼ばれる公益を代表するITCの調査官(Investigative Attorney)が参加する。第三の当事者はその申し立てを客観的に考えて、判事は彼らがどう判断するかを参考にするのだ。ちなみに、原告(請求人)は、訴状を出す前に、この「第三の当事者」に事前に会うことができ、意見を聞くこともできる。
ITCには損害賠償はない。そもそもの目的は、アンフェアな行為からアメリカ市場を守るためであるから、知的財産権関連の侵害、安く輸入するなどのダンピング行為などを、排除命令、停止命令によってアメリカ市場に流入するのを水際で防ぐものと想像してほしい。当該製品のある部分だけが侵害しているという場合でも、侵害しているものを輸入してはいけないわけだから、その侵害している部分を使っている当該製品自体の輸入を差し止めることができる。
命令が出されれば、税関執行される。損害賠償はないが差し止めと同等の効力がある。
こうした概念から、当事者間のトラブルをおさめるだけではなく、市場、特に変動、変化の激しい市場に対しての行政措置というスタンスもとられる。
よく変わる市場とは、中国企業が名前を変えたり、倒産したり、資産を隠したりするなど、安定した取引が行われていない市場のことを指す。
原告になって申し立てをする場合、このような変動の激しい市場だと証明できれば、裁判所のように一つ一つ企業を訴えるのではなく、世界各国からの輸入に対して、法を適応してもらえる。しらみつぶしに一企業ずつ訴えるのは時間も労力も資本もいることだが、ITCなら、すべてにそれが適用されるので非常に効率的である。
一般的な裁判よりも便利、早い、効果的ではあるが、どんな企業でも訴えが起こせるかというとそうではない。アメリカの一般的な訴訟では、原告側がアメリカで特許を持っていれば原告になれる。しかし、ITCにおいては、ある程度のアメリカでの活動が認められなければ、原告(請求人)にはなれない。具体的には、アメリカ国内に多工場、設備投資が存在、雇用または資本が存在、または、研究開発などの実質的な投資がされているかのいずれかの条件を満たさなければならないが、ある判決では、その企業の5人ほどが、アメリカ国内で活動しているだけで原告(請求人)になれた。その条件のハードルは低くなる傾向にある。
ちなみに、ITCの決定は、連邦裁判所に法律的には影響はないが、ITCでの結果は少なくともそのエキスパートたちが勘案して出した結果であるということから、連邦裁判所の判事たちの精神面にどんな影響を与えるかは推して知るべしであろう。
今回は、ITCの存在、そしてその特徴について解説したが、次の機会には、戦略的にどのようにITCを活用するかなどについて言及してみたい。