執筆者:ライアン・ゴールドスティン
昨今は15年ぶりの円高。
メディアでは、「日本企業が海外企業を買収するケースが増えている」と連日報道している。日本企業の海外企業買収の金額は2008年1-9月期、前年同期比で4.8倍の559億ドル(約5兆9200億円)になり、06年の年間実績442億ドルを超え過去最高だという。
クロスボーダー、国境を越えたM&Aが増えるという見通しから、日本企業が海外進出する、特にアメリカに進出する機会も増えるという予想は容易だろう。このコラムでも何度も話しているが、アメリカに進出する際に、避けて通れないのが訴訟である。
日本企業がアメリカの法律、そしてクラス・アクションを理解し、成功するために、最近の傾向から日本企業特有の問題を把握してもらいたい。今回はこのテーマについて説明する。
クラス・アクションとは、ある行為や、事件などによって、多数の者が同じような被害者の立場におかれているとき、被害者の一部の者が、全体を代表して訴訟を起こすことを認める制度である。
日本の企業は特に、日ごろから誠実に生産、顧客サービスを心がけていることから、こうした訴えを起こされると、内外双方に「大きな打撃」を受ける。お客様に迷惑をかけたという気持ちに苛まれることもあるだろう。しかも、訴訟を恥ずべきものと捉えている日本企業もあるが、これを恥だと思わないでほしい。
なぜなら、クラスアクションがほかの訴訟と大きく違い、その訴訟のきっかけの多くは、消費者がつくっているのではなく、弁護士が訴訟のチャンスを探って、ケースを作っているということに起因する。
その一例として、私が経験したあるクラス・アクションのケースを紹介しよう。組織された原告団は、代理を務めていた弁護士の家の修理を担当してた業者、そして、もう一人は2年前にその弁護士事務所に勤務していた者、そしてもう一人は、その弁護士事務所の出入り業者であった。その弁護士は、自分が起こそうと思った訴訟にふさわしい原告になり得る人間を身近な存在の中から探していたのだ。
また、こうした弁護士たちは、クラス・アクションを「ビジネス」として考えていることも知っていてほしい事実である。
クラス・アクションは、他の訴訟に比べて早く解決することが多い。
第一の理由として、クラスアクションには、「クラスの認定」という段階がある。これはほかの訴訟にはないことだ。たとえば、そのクラス(集団)に、多数性、共通性、典型性、適切性などのいずれかに該当し、集団と呼ぶに値するかどうかを判断することになるわけだが、被告側(企業側)の弁護士がこれらが成立しないことを立証できれば不認定となる。具体的には、広告の解釈や、該当製品の使用方法、原告個々の経験、さらにはクレームの内容、適用する法律の選択などの相違から、クラス(集団)として認められるかどうかを立証することができるのだ。
第二に、他の訴訟に比べて、原告と被告が争点としている事実がある程度、明白であることも関係している。たとえば、「この広告に頼って購入したが、事実と違う」と言った「広告の解釈」が問題になった場合、その問題に該当するだろう法律で問題を分析しても、騙したとは言えない、つまり訴訟を起こすほどの問題ではないという結論をサマリージャッジメントの段階で得ることも多くあるのだ。
原告側から見た場合、証拠開示において、原告側には、レシートや取り扱い説明書、医療費など、被告側からみたらごくわずかな証拠しか提出できるものがない。しかし、被告側は、その他の訴訟と同様に、開発の際に行われた試験結果、製品開発の経過、該当製品に対する他国でのクレームの有無など証拠となりうるものをすべて提出する。これが、日本企業が被告となった場合、日本語の資料も必然的に多くなり、翻訳などを必要とした場合は、経費が嵩むことになる。裏を返せば、日本企業にとっては有利に働く部分でもある。
デポジション(証言録取)は、被告側の所在地、つまり日本(アメリカ大使館)で行うこともできる。すると、原告側は飛行機代、宿泊代などをかけて日本まで来て、時差ボケと戦いながら、デポジションに臨むことになる。だから、証人の数を減らす交渉も容易である。その上、デポジションを実際に行う大使館の予約を取らなければならないのだが、自分たちの理想のプランで予約が取れるわけではないのだ。しかも、膨大な量の母国語(英語)ではない証拠の精査も重なる。
捉えようによっては些細な困難にも思えるかもしれないが、こうした障害は闘う気持ちを萎えさせる一因にはなりうる。
この点を踏まえて、アメリカ市場に自社製品を流通させている企業は訴訟を起こされる前に、次の三点について準備を進めてほしい。
- 自社製品についてのコメントをWEB上で探る。
ブログやSNSなどで、自社製品についてどんなコメントが書き込まれているかを定期的に調べてみることを勧める。日本語で書かれているものだけではなく、貴社の製品が流通しているアメリカのWEBも積極的に確認しよう。クラスアクションの原告側につく弁護士は、こうした書き込みなどから、どんなケースが作れるかのアイディアを探している。また、自社製品でなくても、他社の製品にどんなクレームがついているかなどからアイディアを得て、ターゲットとなる企業を訴えられる原告を探すこともある。気になる発言などを発見したときには、速やかに対応したいものである。
- 資料類はすべて訴訟時に提出する証拠であることを念頭におき、管理する。
アメリカの市場で製品を流通させる限り、訴訟は免れない。特に、製造業の場合は、その製品についての調査結果など、社内などでのやり取りは多くなるだろう。過去に私が経験したケースだが、自社製品の中で、製品についてランクをつけたと疑われる記述が証拠として提出された。いかなる企業でも、ニーズに合わせて、性能や価格の幅を設けることはいわずと知れたことである。その企業の製品の中では、低価格で性能がほかの製品よりも劣るというだけで、粗悪なものを示しているわけではない。しかし、こうした発言、記述が、いかにもその製品は粗悪であるとの印象を与えかねないことも事実である。わざわざ証拠をつくることはない。訴訟を念頭におき、管理を始めてほしい。
- 戦略を早めに立てるために弁護士に相談する。
ケースによって、戦略もさまざまである。製品のメリットを全面的に押し出していくのか、組織されたクラスが適切でないことを証明するのか、または修理、リコールなどの対応を速やかに始めるのかなど、どのような戦略で臨むのかを弁護士と相談してほしい。先ほども話したが、クラス・アクションの場合、ほかのケースと比べて速やかに終結させるのも大切なことのひとつである。
誠実に製品開発に臨んでいる日本企業だからこそ、これらの環境を有利だと自負して、活躍してほしい。アメリカ市場に自社製品を流通させていながら、その実態をつかむことは難しい。もしも、私で役に立てるなら、業種などにあわせた事案を提案していきたい。