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米国政府と取引する業界に大きな影響を与える虚偽請求取締法の発展(後編) (16/09/15)
政府規制と民事責任の分野において、虚偽請求取締法事件に関する3つの法の発展(着手・罰則・基準)は特筆すべきことである。2015事業年度の報告資料も示しているように虚偽請求取締法事件の着手及び報償が大きく動いた。
時期を同じくして、議会は、虚偽請求取締法の罰則を大幅に重くするよう命じ、さらに最高裁は、同法上の責任に関する基準について抜本的な変化をもたらす判決を下した。この3つの法の発展は、アメリカ政府と取引を行うすべての産業に新たな対応を求めることになる。医薬品業界、国防・政府請負業者、金融業界、教育・保険業界、非営利・補助金受領者、その他連邦政府と取引をし又は補助金を受領する、全ての産業に影響を与えるからだ。
本稿では、前編に続きEscobar事件を取り上げ、虚偽請求取締法事件における重要性(materiality)の立証について、そして3つの法の発展により我々が留意すべき点についてまとめる。
前編で報告したとおり、Escobar判決は黙示的告知の責任が発生するために必要な次の2つの要件について判示した。
1、請求自体が「提供される商品役務についての具体的な表示」(ヘルスケアの詐欺の文脈では、MedicareやMedicaidにおける標準請求フォームにより、通常この要件が満たされるものと思われる。他方、他の調達や請求の文脈、請求につき個別具体的に定められたシステムの存在しない業界では、最終的に、立証により判断されると思われる。)でなければならない。
2、「重要事項(materiality)の不遵守につき、開示を組織的に怠った」と言えるには、表示行為が「半真実を誤って導く」ものと同等のものでなければならない。
被告が不遵守を開示することを怠ることは、虚偽請求における具体的な欺罔行為を構成するので、2つの要件は相互に関係して、詐欺の責任を発生させるといえる。
そして、虚偽請求取締法上の黙示的告知の責任に関する新たな判断基準は次のとおりとした。
虚偽請求取締法上の責任は、(1)被告が、商品やサービスを具体的に表示する支払請求を行い、かつ、(2)法律、規則又は契約条件の不遵守について被告が開示を怠ることによって、上記の具体的な表示が錯誤をもたらす場合に生じる。
こうした黙示的告知(又は遺漏による詐欺)の責任に関する新しい2要件テストに加え、Escobar事件は、虚偽請求取締法上の重要性(materiality)の要件をどのように認定すべきか、についても判示した。すなわち、最高裁は、請求金額を政府が支払うべきかを決定する上で重要(material)な場合にのみ、具体的な法律、規則又は契約条件の遵守についての虚偽の表示が、虚偽請求取締法上、訴訟対象なり得ることを改めて判示した。そして、重要性(materiality)の基準が、厳しい要件であることを強調し、政府が、事前に明示的に支払条件を特定した場合であっても、それだけでは、同条件が支払決定において重要(materiality)と「直ちに言えない」と判示した。確かに厳しい基準といえるだろう。
Escobar事件の最高裁は、控訴審における先例と異なり、不遵守を政府が知っていれば支払を拒んだであろうと被告が知っていた事実を立証しても、重要性(materiality)についての立証としては不十分と判示した。その代わり、最高裁は、長年の法律、注解、コモンローにおける重要性(materiality)についての理解を引用しつつ、「虚偽の表示を受けた相手方が実際に取る又は取り得る言動にどのような影響を与えるか検討すべき」と判断したのだ。そして、虚偽請求事件における重要性(materiality)につき立証・反証するには、訴訟当事者は、「不遵守についての認識の有無にかかわらず、問題となった支払請求又はそれと同様の支払請求につき、政府が全額を支払ったか」を示さなければならない、と判示。さらに、Escobar事件において、最高裁が「被告の不遵守を知っていたら、政府は支払を拒絶することができた」という事実だけでは、重要性(materiality)を認定するには不十分である、と判示した点も重要である。つまり、政府が支払を拒否できたかもしれない事実やそれを被告が知っていた事実は、重要性(materiality)を認定する上での決定的な事実ではない、ということである。裁判所が「虚偽請求取締法事件における重要性(materiality)の問題は、きわめて事実に特化した問題であり、棄却申立(motion to dismiss)やサマリージャッジメントの段階で、裁判所が棄却判断を下すには適さない問題である」旨の主張(Escobar事件の判旨脚注6参照)を明示的に却下したことから、今回の判決は、「訴訟のどの段階で重要性(materiality)の問題が解決されるべきか」についても、今後訴訟で争う際の根拠としても用いることができるといえるだろう。
留意すべき点
1年余りの間に起こったこの3つの出来事は、虚偽請求取締法に関する訴訟の状況を大きく変えるものだと考える。2015事業年度の出来事は政府が関与しない事件であっても、不正告発者に賠償がなされる状況へ大きくシフトしたことを意味する。また、議会がインフレを踏まえた民事責任の引き上げを命じることによって(虚偽請求取締法上の罰則を2倍にする法務省の命令)、虚偽請求取締法上の責任に直面する被告に対し、膨大な潜在的コストを生じたとも考えられる。
さらに、虚偽請求取締法上の黙示的告知に関する事案つき、何か月にもわたる審議を経た上で、最高裁は、控訴審で判断の分かれていた黙示的告知/遺漏による詐欺に関する論点につき、法律上の重要性(materiality)の要件を厳格に認定する指針を示しつつ、虚偽請求取締法上の責任についての新しい2要件基準を示した。確かに、何が虚偽請求を構成するかは未解決であり、Escobar事件で示された黙示的告知責任の第1の基準を充足するために要求される「具体的な表示」は何を意味するのか、については、今後、控訴審で争われることになるだろうと推測する。また、重要性(materiality)の意味や、虚偽請求事件において重要性の要件を充足しないと最終的に看做されるのか、今後、様々な判決が出て議論が続くと考える。
その間、訴訟当事者や将来の訴訟当事者は何ができるのか。次の二つを覚えておいて欲しい。
(1)不正告発者による訴訟提起や不正告発者勝訴判決の増加という傾向から鑑みて、多数の虚偽請求取締法事件が提起される状況は今後も続くと考えられる。そのため、早い段階から、不正告発者からの申立に対する調査を重大な問題として取り扱うことが大切である。将来の訴訟提起に関する危険な兆候として、どのように事態を把握し理解するかが非常に重要だ。将来被告となり得る企業は、適切に対応し、虚偽請求取締法上の潜在的な問題を解決するため、適切な資源を可能な限り早い段階で注入しなければならない。また、必要に応じて訴訟で戦うための準備を万全にしなくてはならない。
(2)将来、原告(告発者・不正告発者)被告を問わず、Escobar判決が示した新しい基準は、色々な場面に影響を及ぼす。このため同判決が読者の業界にどのような影響を与えるか理解し、業界に特化した訴訟戦略を進める準備をしなければならない。虚偽請求取締法事件における訴訟戦略や調査は、同法の判例法において未解決な論点を理解しつつも、事実審や控訴審の最初の段階から勝てるよう説明できるものでなければならない。トライアルで成功を収めることも可能(特に早い段階での成功についても可能)であるが、この目まぐるしく変化する法分野において、グレーエリアについてどこまで主張できるのかも、正確に理解することが非常に重要だと考える。
クイン・エマニュエル・アークハート・サリバン
外国法事務弁護士事務所
東京オフィス代表 ライアン・ゴールドスティン
この件につきましてのお問い合わせ先
マーケティング・ディレクター 外川智恵(とがわちえ)
chietogawa@quinnemanuel.com