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米国政府と取引する業界に大きな影響を与える虚偽請求取締法の発展(前編) (16/09/15)
政府規制と民事責任の分野において、虚偽請求取締法事件に関する3つの法の発展(着手・罰則・基準)は特筆すべきことである。2015事業年度の報告資料も示しているように虚偽請求取締法事件の着手及び報償が大きく動いた。
時期を同じくして、議会は、虚偽請求取締法の罰則を大幅に重くするよう命じ、さらに最高裁は、同法上の責任に関する基準について抜本的な変化をもたらす判決を下した。この3つの法の発展は、アメリカ政府と取引を行うすべての産業に新たな対応を求めることになる。医薬品業界、国防・政府請負業者、金融業界、教育・保険業界、非営利・補助金受領者、その他連邦政府と取引をし又は補助金を受領する、全ての産業に影響を与えるからだ。
本稿では、3点の具体的な事象について報告する。
虚偽請求取締法上の救済手段である、不正告発者に与えられる報償割合が増加
虚偽請求取締法は、アメリカ政府の重要な収入源となっており、和解・判決による収入額は、過去5年間で210億ドルに上る。2015事業年度における虚偽請求取締法の和解・判決による全回収額(2015年9月30日付)は、2014事業年度とほぼ同額だったが、2015年には、不正告白者により着手・実行された事件にある特徴がある。
2015事業年度において回収された全35億ドルのうち、32%(11億ドル)は、私人による代理訴訟(不正告発)によるもので、政府が関与しなかった。この数は、不正告発者が開始し、政府が関与しなかった過去すべての事件数を超える。
他の観点からこの数字を検証する。1986年に提起された虚偽請求取締法事件のうち、不正告発者が開始した事件は、その8%(373件中30件)。一方、2015年に不正告発者が開始した事件は、全体の86%(737件中632件)。ここで注目すべき変化は、2015年において不正告発者が勝訴した報償金額だ。
2015年は、5年連続で、700件以上、不正告発者によって新規の虚偽請求取締法事件が提起されたが、当該事件により2015年に回収された額は全体の32%となった(不正告発者が開始し、政府が関与しなかった事件により回収された金額のこれまでの最高額は全体の9%で、この数字はその3倍以上)。
この大きな変動は、異常かもしれないし、新たな時代の到来を告げるものかもしれない。いずれにせよ、この潜在的な金銭的成功(とその正確な認識)は、不正告発者と規制当局の両方に、訴訟提起への大きな動機付けを与えるものといえる。
議会と法務省は、虚偽請求取締法上の罰則を2倍に
立法面について。議会は2015年後半に、虚偽請求取締法事件について請求ごとの罰則を引き上げる法律を可決した。超党派予算法(Bipartisan Budget Act)、正確には、連邦民事制裁金調整法(Federal Civil Penalties Inflation Adjustment Act Improvements Act of 2015)が2015年11月に施行され、同法律は、法務省に対し、2016年8月までに、インフレを踏まえた民事制裁の引き上げを要求している。これに基づき法務省は、昨今、虚偽請求取締法上の請求ごとの民事罰を2倍にし、罰則の最低額を10,781ドル、最高額を21,563ドルとすることを公表した。
この罰則引き上げによる影響は、業界ごとに大きく異なる。例えば、毎月12回の請求が生じる1年契約の国防総省のサービス請負業者に対しては潜在的な賠償金額にあまり大きな影響を与えないかもしれない。しかし、1つの案件に何千もの請求が問題となりうる、例えば、ヘルスケアを提供するような企業であれば、実損害をはるかに超えるものになることを意味しうる。また、事件によっては過剰な罰金を禁止する合衆国憲法修正8条違反となりうるものであり、某事件の控訴審で2016年に争われている。
虚偽請求取締法上の責任につき、最高裁が新しい基準を示す
より重要な法の発展は、虚偽請求取締法上の責任の基準を示した2016年6月下旬に出たアメリカ最高裁の判決だ。控訴審で長い間判断が分かれていた「政府契約の不完全履行が虚偽請求取締法上の懲罰的賠償の対象となる詐欺に該当するか」という論点について、最高裁は、Universal Health Services v, United States ex rel. Escobar事件において、全員一致の判断を下した。最高裁は、請負業者が法律、規則又は契約条項を遵守していないことを知りながら支払請求した事案につき、遺漏による詐欺を認め、「政府契約中に明示された支払条件に違反する場合にのみ責任は限定されるべき」との考え方を明示的に否定した上で、詐欺の定義について、下級審が支持した最も広義の定義を採用した。
いくつかの控訴審は、これまで明示された条件の不遵守の場合についてのみ、虚偽請求取締法上の「黙示的告知」詐欺(“implied certification” fraud)に該当すると判断し、また、ある控訴審は、虚偽請求取締法上の三倍賠償を請求するには、明示的な虚偽の存在が必要であるとし、黙示的告知詐欺の理論を採用しなかった。Escobar判決はこれらの考え方を否定し、虚偽請求取締法事件における黙示的告知詐欺の概念を認めた。そして、黙示的告知詐欺に適用となる新しい基準を示し、虚偽請求取締法において、何が重要事項(materiality)を構成するか判示した。
虚偽請求取締法における黙示的告知の責任についての新しい判断基準
Escobar判決は、どのような場合に遺漏による詐欺が請求原因となるかに焦点を当て、法律、規則又は契約条項のすべての違反が虚偽請求取締法上の責任を生じさせるものではないことを強調しつつ、黙示的告知の責任が発生するために必要な2つの要件について判示した。
1つ目の要件は、請求自体が「提供される商品役務についての具体的な表示」でなければならない。
2つ目の要件は、「重要事項(materiality)の不遵守につき、開示を組織的に怠った」と言えるには、表示行為が「半真実を誤って導く」ものと同等のものでなければならない。
被告が不遵守を開示することを怠ることは、虚偽請求における具体的な欺罔行為を構成するので、2つの要件は相互に関係して、詐欺の責任を発生といえる。
Escobar事件における事実関係は、新しい基準の射程範囲を理解する上で大いに参考になる。この事件では、マサチューセッツのMedicaidプログラム受益者であるYarushka Rivera氏が十代で死亡し、その両親による不正告発によって訴訟提起された。Yarushka氏は、「医者らしき人物」から処方された薬の副作用により死亡したことを契機に、両親はMedicaidサービスを提供するメンタルヘルスセンターであり、被告であるUnited Healthの子会社であるArbour Counseling Services社に対し、「同社が行ったカウンセリングサービスにかかるMedicaidの還付請求において、スタッフの資格に関する重大な規則違反があったがその開示を怠った」と主張して、虚偽請求取締法に基づく私人による代理訴訟を提起した。
Arbour社は、Medicaidの還付請求において、特定の支払コードと、同社の従業員に紐づけられた特定の職位に与えられるNational Provider Identification番号が記載された請求書を送付していた。つまり、要求される資格もライセンスもないのに、Yarushka氏を治療した従業員に対して、「ソーシャルワーカー、臨床」に与えられるNPI番号が登録されていたのだ。
この事実関係において、裁判所は遺漏による詐欺を認定し、新たな判断基準を示した。すなわち、スタッフの資格に関する規則の不遵守につきArbour社が開示しなかったことは、請求書において錯誤をもたらす表示行為。そして、虚偽請求取締法上の黙示的告知の責任に関する新たな判断基準は次のとおりとした。
虚偽請求取締法上の責任は、(1)被告が、商品やサービスを具体的に表示する支払請求を行い、かつ、(2)法律、規則又は契約条件の不遵守について被告が開示を怠ることによって、上記の具体的な表示が錯誤をもたらす場合に生じる。
1つ目の要件は重要だが、Escobar事件後の多くの注釈において見過ごされている。支払コードとNPI番号を含んだ表示という事案の特殊性が、Escobar事件の判決理由において重要な要素となっている。裁判所は、判決において、請求における支払コードが具体的なカウンセリングサービスとどのように結びついているか、請求におけるNPI番号が資格やライセンスを反映した具体的な職位とどのように結びついているかを認定し、「これらの表示は、明らかに文脈において錯誤をもたらすものである」と判示している。
一方で、この最高裁が示した新しい基準をさらに進め、「具体的な追加の表示を含まない、単なる支払請求でも虚偽請求取締法上の要件を満たす」と考えることは、同法上の責任の基礎となる、遺漏による詐欺の概念の背後にある考え方に合致しないといえる。いかなる法律、規則又は契約違反であっても虚偽請求取締法上の請求が認められる、とならないためにも、Escobar事件で示された2要件テストを適用する際、裁判所が1つ目の要件である「具体性」を意識し、厳格に適用することが特に重要である。このように考えることが、この新たな責任に関する基準について、訴答における詐欺(Pleading Fraud)にて一般に要求される具体性の要件と整合性を保つ唯一の方法だからだ。もし、裁判所が1つ目の要件を基準に含めず、代わりに「一般的な支払要求さえあれば黙示告知責任を認めるには十分」と判断した場合において、訴答における詐欺(Pleading Fraud)につき、「具体的に参照する情報がない表示で、遺漏の文脈で半真実を誤って導くものでもない」事実を主張しても、訴答における詐欺(Pleading Fraud)において要求される具体性の要件を常に充足しない、との結論になるであろう。
クイン・エマニュエル・アークハート・サリバン
外国法事務弁護士事務所
東京オフィス代表 ライアン・ゴールドスティン
この件につきましてのお問い合わせ先
マーケティング・ディレクター 外川智恵(とがわちえ)
chietogawa@quinnemanuel.com