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米国の最も重要な資産を保護する経済スパイ法 (10/07/01)
米国司法省は、2010年4月26日、知的財産権に関する監視を強化するために、検察官・調査官を35人増員したと発表した。Grindler副司法長官は、「知的財産法の執行は、米国が、その技術やビジネスのおいての地位を維持し、また雇用を創出していくために中心となるべきものである」と述べた。
米国では、1996年に、それまで伝統的には保護の対象外であった権利を保護する法律として、経済スパイ法(the Economic Espionage Act)が成立したが、司法省による監視強化においてはこの法律が鍵になる。本稿では、この経済スパイ法の歴史、法律の概要、そして最近の動向について紹介する。
経済スパイ法の目的
American Society for Industrial Securityの試算によれば、経済スパイ法が成立した当時、営業秘密の不正取得によって、米国企業は年間630億ドルもの損失を被っていたとされる。経済スパイ法は、従業員、競合業者や外国政府による経済情報の不正取得行為から、米国のビジネスを保護するために、1996年に導入された。
経済スパイ法が規制する企業スパイ行為
経済スパイ法は、企業スパイ行為として、以下の2つの行為を規制している。
18 U.S.C. §1831:外国政府、組織又は代理人による「経済スパイ行為(economic espionage)」
18 U.S.C. §1832:個人又は競合業者による「営業秘密の不正取得(theft of trade secrets)」
いずれの行為についても、(1)正当な権限なくして、営業秘密を窃取、取得、複製、アップロード、送信若しくは伝達した者、(2)それが正当な権限なくして窃取若しくは取得されたものであることを知って、営業秘密を受領、買入、所持した者、又は(3)これらの行為を試みたり、若しくはそれを共謀した者に、刑事責任を科している。
これら2つの行為類型のうち、18 U.S.C. §1831は、外国政府、組織又は代理人の利益となることを意図して又は知って行われる行為に焦点を置いている。私的企業が、当該企業の利益のために営業秘密を不正に取得したという場合には、同条は適用されない。他方、18 U.S.C. §1832は、営業秘密の不正取得についての一般的な規制であり、営業秘密を、その保有者以外の者の利益となることを意図して、かつ当該保有者が損害を被ることを意図して又は知って、不正取得した者、又はそれを試みたり、共謀した者すべてに適用される。同条は、競合業者や元従業員による商業上の営業秘密の不正取得といったより一般的な類型を対象としている。
§1831と§1832では、検察官が立証すべき主観的要件の点で相違している。後者の§1832に基づいて訴追する場合、被告人が、営業秘密を、その保有者以外の者の経済的利益のために転用する意図を有していたが必要である。しかし、前者の§1831に基づいて訴追する場合には、単に、違反行為が外国政府、組織又は代理人の利益になるという認識で足りる。ここにいう「利益」は、広く解釈される可能性があり、評判、戦略や戦術上の利益も含む。
営業秘密
何をもって営業秘密とするかについて、18 U.S.C. §1839は、「形式や種類を問わず、金融、科学、技術、経済又は工学に関するあらゆる情報」がそれに含まれると定義している。しかし、営業秘密が保護されるためには、その保有者において、「当該情報を秘密にしておくために合理的な方法がとられており」、かつその情報が「一般に知られておらず、かつ公衆が容易にアクセスできないものから、何らかの独立した価値、(潜在的なものであってもよい)を引き出すもの」でなければならない。
この定義は、統一営業秘密法(the Uniform Trade Secrets Act)―営業秘密の不正使用についての州民事訴訟のためのモデル法―をベースにしつつも、それより広い範囲の情報を含む。統一営業秘密法では、「営業秘密」について、「その開示及び使用によって経済的利益を得ることができる第三者」に知られていないことが要求されているが、経済スパイ法では、一般公衆に知られておらず、また容易にアクセスされないものであれば足りる。
経済スパイ法に基づく罰則
18 U.S.C. §1831に違反する行為について、個人に対しては、最大15年の禁固刑、かつ/又は、最大50万ドルの罰金刑が科される。団体に対しては、最大1000万ドルの罰金刑が科される。他方、18 U.S.C. §1832の違反行為については、個人に対しては、最大10年の禁固刑、最大25万ドルの罰金刑が科される。団体に対しては、最大500万ドルの罰金刑が科される。いずれの条項による場合でも、違反行為を構成する財産や違反行為から得られた利益、そして違反行為の準備のために使用された財産は没収される(18 U.S.C. §1834)。
経済スパイ法における防御方法
経済スパイ法は、営業秘密を保護する法律であるが、保有者にその絶対的な独占を許す法律ではない。したがって、保護の対象とならない情報を用いて、独自に開発を行ったことは、訴追に対する防御となる。つまり、他人の営業秘密について、不正取得によらず、独自に解析して模倣すること(リバースエンジニアリング)は違反にならない。もっとも、単にリバースエンジニアリングが可能だという事実だけでは、防御にならない。
経済スパイ法の最近の動向
2010年4月、ニューヨーク南部地区検察官は、高速取引システムのコンピュータコードを不正に取得したとして、Societe Generaleの元トレーダー、Samarth Agrawalを起訴した。Agrawalは、退職前の5か月間に、高速取引システムに関するコンピュータコードを数百枚印刷し、持ち出したとされている。また、今年の初めには、Goldman Sachsの元従業員、Sergey Aleynikovが、最終勤務日に、自動「rapid-fire」株・商品取引システムのコードを持ち出したとして訴追されている。
もっとも、これまで、経済スパイ法に基づく訴追がいつも成功に終わってきたわけではない。U.S. v. Tien Shiah, No. CR06-92, slip op. (C.D. Cal.Feb. 19, 2008)では、被告人に営業秘密を不正取得する意図はなかったとして、無罪が言い渡された。被告人が、元雇用主の営業情報を新たな雇用主に渡していない点、また、元雇用主の営業秘密を新しい仕事のために直接使用した事実がない点等が無罪の理由となった。また、2009年11月、2名の被告人に対してコンピューターチップのデザインにかかる営業秘密の不正取得が問われた事案では、陪審員による審理が行われたが、評決不能となった。当該被告人は、中華人民共和国が製作・運用するプログラムの一環として、当該営業秘密に関する開発・マーケッティングを目的とした会社を設立したとされていた。
18 U.S.C. §1831に基づいて有罪とされた例は、同法成立以来、3件しかない。2008年に、カリフォルニア北部地区連邦裁判所は、営業秘密が中華人民共和国の利益のために不正使用されたという事案で、最初の有罪判決を言い渡した。この件では、被告人は、営業秘密にかかるソースコード製品を、新しい雇用主のために、軍事目的に不正使用したとの有罪の答弁を行った。また、昨年には、カリフォルニア中部地区連邦裁判所において、スペースシャトルとDelta IVロケットに関する営業秘密について、およそ20年間にわたって、中華人民共和国の利益のために、スパイ行為を行っていたとして、Boeing社の元従業員に有罪判決が下された。
最近の司法省による知的財産権保護の強化を考えた場合、今後、経済スパイ法が重要な役割を担っていくものと思われる。